人格は、演奏にあらわれる?

先生

この前、
長い時間を割いていただき、
師匠からいろんなお話を聞かせていただきました。
三味線を弾くとはどういうことか
ということから始まり、芸についてどう考えるか、どう取り組むか
ということに対する師匠の考えをじっくりと聞くことができました。

たくさんの経験、場数を踏んできた師匠だからこそ言える
すごく重要な話がつまっていてとても貴重な時間でした。

私なんてまだ本当につたない演奏しかできない、
しかもサラリーマンを本業とする
単なる三味線好きの男でしかないにも関わらず
真剣に三味線のいろんな話を教えてくれました。
本当にありがたく、三味線を頑張るものとして、
サラリーマンとして、一人の男として、明日から頑張ろうと思える
たくさんの刺激と励ましと勇気をいただきました。

しかも話を聞いているうちに
師匠のとても優しく温かい人柄や、
何事にも全力でやってみる体当たり精神や、
考えて考え尽くすストイックさや、心の強さを感じました。
つまり、私の憧れる師匠の「音」は、師匠の深みと温かみのある
「人格」が生み出しているんだなあと気付いたのです。

やはり技術だけではごまかしきれない
人間性が演奏には出るようです。
ということは、焦りやでせっかちで、不安げで、お調子ものな
私の恥ずかしい部分も全部出てしまうのでは!?。。。
とやや不安になってきました(汗)

自分の音を成長させるには
師匠のように自分自身をもっと成長させていかなくては!

そう思った夜でした。


あなたの趣味は何ですか?と聞かれた時に。

話す

ゴルフをやりますか?とよく聞かれます。

申し訳ないのですが、「すいません。できません。。」と
お答えさせていただきます。
もともと球技が苦手なうえに、立ったままプレーするのが向いていないのです。
子供のころから変わりなく
座ってできる、丸くないものとの遊びが好きな気がします。
なので、三味線も絵を描くこともデザインすることも大好きなのかも知れません。

ゴルフをやらない?では趣味はなんですか?とも聞かれます。
ちょっと答えるのをためらいますが
「津軽三味線を弾くことです」
と答えます。ただ。。この答えをするたびに、
相手がどう反応していいか困っている様子を見ることになり、
とても申し訳なく思います。

きっと「釣りです」であれば「今度一緒に!」と言いやすく
「飲むことです」であれば「今晩いっぱいにやりませんか?」
と相手もいいやすいのですが
「津軽三味線です」の場合

へえーーーーー、そうですか。。。なるほど。。ふーーーん。。(間)


と相手が言葉に困る感じになります。
わかりづらい趣味なので困るのも当然です。
最近は場面に応じて「音楽をよく聞きます」とか
「邦楽を聞くことです」でとどめることも増えてきました。

万が一、「津軽三味線を弾くことが趣味です」
と行った時、どんな答えが理想なのか考えてみたのですが。。

こんな言葉を返してくれる人がいたら運命を感じます。
えっ!私もやっています。一緒にやりましょう!とか
津軽ですか!奇遇です!私も民謡やっています!とか
三味線ですか!私がぜひ太鼓叩きますよ!とか
いいですねえ、今度合いの手いれさせてください!とか。。

書いてみたものの、
そんな言葉に出会えることはなかなかなさそうですね(笑)

いつかそんな素敵な会話に出会えることを夢見つつ
今日も三味線の撥さばきの特訓を頑張ろうと思いました。


自分のカラオケを許せない、もう一人の自分がいます。

マイク

なんだかカラオケが苦手になってきています。


昔から大好きだったカラオケで歌うことが
最近あまり好きではなくなってしまいました。
自分の音の細かいずれが気になるのです。
エコーをつけてごまかしてみるものの
いい加減な音の運び
自分で耐えられなくなってくるのです。
サビにいくまでにもう止めたい(笑)
でも周りに感じ悪いので最後まで歌う。

しかも終わった後の拍手で
なんだかいたたまれない気持ちになります。。
むしろこことここがずれていて良くなかった
と言ってもらった方がすっきりします。

もともと歌はうまいわけではありません。
昔からいい加減な歌い方でした。
いままではそれでも満足していたのです。
きっと私の中で耳が変化したのだと思います。
いつからか三味線を弾くようになって
耳が肥えてしまったのです。

これは良いことでもあり、
いい加減な音を気持ち悪く感じるようになるという、
いままでにはなかった感覚もでてくるので、
ちょっとめんどうな自分がでてきた感じもします
カラオケくらい楽しく歌うだけだから
許して欲しいと自分にお願いしながら
今日もお酒で感覚を鈍くしてマイクを握る

なんだか大変な今日この頃です。


夢の中でも、三味線を弾いてしまいます。。。

電車

電車で座れたので、つい居眠りしてしまいました。

三味線の演奏をイヤホンで聞きながら
電車で寝ていたのが失敗でした。
つい演奏の世界と夢の世界の中にはいりこんでしまい。。。
気がつくとハァッツ!!!!!!!とかなり大きい声で
演奏の時の気合いのはいった掛け声をかけてしまいました。
眼を開けた瞬間にどうも三味線を構えるポーズもしていたらしく
周りの冷たい目線にというより、驚きと恐怖の表情に
朝から恥ずかしさで汗が吹き出しました。

じつは、恥ずかしい話ですが、最近時々あるのです。

私は夢の中で何度も三味線を弾いているのです。
弾こうと思っても、なかなか糸に当たらず、
当たったと思ったら妙な音が出て、ごまかすように早く弾こうと思うと
ますます変な音が出て、最後は自分の手が勝手なメロディーを
どんどん奏で始めて止まらなくなるという夢です。
その自分の手に渇を入れようと思って出した声が
ハァッツ!!!!!!!でした。。

いやあ、思い出しても本当に恥ずかしい、恥ずかしい。。

三味線を一生懸命やればやるほど夢も見ます。
夢の中での演奏までうまくなる位練習すればきっとこんな夢も
奇声に近い寝言もでなくなる

そう信じたい今日この頃です。


急に、女性のハイヒールが師匠になりました。

ヒール

通勤途中に、音の大発見をしました

朝、駅に向かう階段で
「カンカンカンカン」というとてもいい撥の音が
急に聴こえてきました。
どこからその音がしているのか探したところ
女性のハイヒールと階段が接触する音でした。

その音は階段中にとても大きく響き渡り
とてもシャープな強い音がしました。
ハイヒールが、やや足からぶらぶらとしていて
その部分が遊びとなって、ハイヒールの先の細い部分から
階段のコンクリートに力が凝縮して伝わっていたのです。

「この音は自分が撥をたたく音に求めていた音だ!」
急に鳥肌が立ちました。

自分の撥のたたき方を思い起こしてみると
きっと力を込めて叩きすぎていて、
逆に撥の力が胴に伝わらず、音が響いていなかったような気がしました。
撥を叩く時には、あのブラブラする
ハイヒールのような力の抜き具合

が必要なのだと気づきました。

これは私にとって大きな発見でした。
名人や師匠の撥の音の大きさに憧れるあまり
力をいれすぎていて、憧れる音から遠ざかっていたのです。
通勤に急ぐOLのハイヒールの靴に、
良い撥の音の本質があったんです!!

通勤時間にこんな発見をできて今日は
とてもラッキーでした。

プロフィール

邦風

Author:邦風
澤田 邦風(さわだ くにかぜ)と申します。東京で、仕事をしながらライフワークとして津軽三味線を演奏する日々を送っています。良い音色とは何か、日々追求しつつ頑張っています。「邦風ホームページ」でも活動が見られますので、見てみてください。

リンク
ブログランキング
ブログランキングに参加しています。 ボタンを押して応援していただけると 励みになります。
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
このエントリーをはてなブックマークに追加
サラリーマン ブログランキングへ