静かな病室と三味線と

親戚のお婆さんに会いに行きました。
とても元気で明るく、いろんな意見をズバズバと言ってくれる方で
年齢はなんと96歳で、負けん気の強い快活な方です。
その方が病院にはいったというのでお見舞いに行きました。


ば1

老人ホームで暮らしていましたが
吐血がひどく、重病の患者を扱う病院に入ったというので
かなり覚悟してお見舞いに行きました。
びっくりするほど痩せたお婆さんがそこにいました。
疲れた顔からすべてが分かりました。


ば2

きっと大変だったんだと思います。
細くなった指からも感じ取れました。その手をしっかり握って
よく頑張りましたね。大丈夫ですよ。ここにいますよ。
という言葉を、手から手に送りました。手は冷たかったのですが
しっとりしていてまだまだ元気があるんだと安心しました。


ば4

調子がもどってくると、急に精一杯何か話そうとしますが
言葉が途切れ途切れになり、そして
話そうとしている間に疲れてしまうようです。

ば3

そんな状況の中で急に
「あなただよね。三味線。津軽三味線。まだやっている?」

と突然小声で言われた時、びっくりしました(汗)。
いろんな人の顔も名前も曖昧になっているのに、私の顔を見て
三味線のしかも津軽三味線の事を覚えてくれていたようです。
とても嬉しかったです。そんなに興味を持ってくれているなら
この場で弾いてみようかとも思いました。

たまたま三味線を持ってきていたので
お婆さんを元気づけるためにも本当に
演奏しようと思いましたが、病室で弾くのはさすがに
音が響いてしまうのでためらわれました。
というよりこういう場にふさわしい演奏が
私にはわからなかったのです。


ば5

私はここでは本当に無力でした。
元気にする術もなく、この病室の中で弾くべき
ふさわしい曲も持っていませんでした。
帰り際に「また来ますね」と言って手を握ると
お婆さんの目に涙がにじんでいました。
負けん気の強いお婆さんの涙を見るのが初めてで
こちらがびっくりしてしまいました。
大丈夫です。また必ず会いに来れます。
涙する必要なんかありません。大丈夫です。
そう思いながらしっかりと手を握りました。


ば6

私は何も出来ませんでした。
私の三味線は、何もお婆さんの役に立てませんでした。
あの場にふさわしい曲をまったく持ち合わせていなかったのです。
私の三味線の音に足りていない事が分かりました。

私の音は元気な人を元気にするための音で
本当に疲れた人を元気にする音はもっと別のところにある気がしました。

ガンガンと大きい音を立てて
聞く人の気持ちを元気にさせたいと思っていましたが
この音では病室の中で何もしてあげられない事に気づきました。
静かな病室、横になっているお婆さん、痩せている横顔、
そこに私の三味線の音はうるさすぎる感じがしました。

今必要な音。音色。もっとしっとりと、優しい音。
ささやきながら励ますような、
温かくて飾りっけのない自然な音をださなくては
お婆さんに寄り添える音ではないと思いました。
そんな音はまだ私の津軽三味線の音の中にありませんでした。
練習です(汗)もっと優しい音が必要だと思いました。
お婆さん、待っていてください。その音を身につける事を急ぎます。
その音でしっかり応援したいと思います。もう少しお待ちください。
少し焦りながら、今日も練習と仕事頑張ります。

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プロフィール

邦風

Author:邦風
澤田 邦風(さわだ くにかぜ)と申します。東京で、仕事をしながらライフワークとして津軽三味線を演奏する日々を送っています。良い音色とは何か、日々追求しつつ頑張っています。「邦風ホームページ」でも活動が見られますので、見てみてください。

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